有識者による医療機関向けコラム 医療機関の国際化

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日本の医療機関のための海外からの外国人患者受け入れポイント vol.52013.03.01

(4)患者来院(治療実施)
実際に患者さんが来院して来られ治療が開始されれば、日本人の患者さんであろうとも外国人患者の方でもやることは基本的には一緒だと思います。しかし、海外からやってきた外国人患者の方の場合には、以下のような諸点については配慮・注意されておいた方が良いでしょう。

①円滑な受付
海外から長時間の移動を経て来院してきた外国人患者にとって、煩雑な受け付けは肉体的にも精神的にも大きな負担となります。ですので、来院時の受け付けはできるだけ簡単に済ませましょう。

②オリエンテーション(健診や治療内容の説明および最終確認)
受け付けが終了したら、あらためて健診や治療内容について説明し、最終確認をしておくことが必要です。なぜなら、事前準備の段階で患者に治療内容や治療スケジュールを説明していたとしても、それまではe-mailや電話越しの説明であったため、患者が本当にその内容を理解できているのかどうか定かではありませんし、また、最後に連絡した時から来院までの間に患者の要望や考えが変わってしまっているということも十分考えられます。つまり、この段階で行うオリエンテーションには、単に患者の利便性を考えて行うというだけではなく、これから提供する医療内容に関して患者と医療機関間で齟齬が生じていないか最終確認するという重要な意味があることになります。 

③施設や院内ルールに関する説明
オリエンテーションでは、治療内容や治療スケジュールだけではなく、院内施設や院内マナーに関する説明をしっかり行っておきましょう。一口に「病院」といっても、国によってその設備や過ごし方、マナーは驚くほど異なっています。そのため、日本人からみれば、当然と思っていることが、外国人患者にとって当然でないこともしばしばです。

④医療者の方でも通訳者が通訳しやすいように心がける
通訳者の能力が優れていたとしても、医療者が早口で話したり、難しい専門用語を羅列するようでは、通訳者の方で上手に通訳するのは難しくなってしまいます。そのため、通訳を介して健診や治療を行う際には、医療者の方でも、「ゆっくりしゃべる」、「専門用語はできるだけ避け、平易な言葉を使うようにする」、「文書は短く切って話す」など、通訳者が通訳しやすいように心がけましょう。
また、医療通訳で最も難しい点の1つは、日本で使われている医学用語に該当する言葉がなかったり、そのまま通訳して患者に伝えても一般に普及している言葉ではないため患者が理解できなかったりすることがあるということです。例えば、カンボジア語には「胃潰瘍」にあたる言葉はないし、また、「外反母趾」は英語で「hallux valgus」と言いますが、hallux valgus と言われてすぐにピンとくるアメリカ人はそんなに多くはいません。ですので、そのような場合は、医療通訳者の方で、患者が理解できるように言葉を選んで通訳することになりますが、になるが、その作業を医療通訳者にまかせっきりにするのではなく、医療者側でも一緒に説明や表現の仕方を考えるなど、協力して臨むようにしましょう。

⑤インフォームド・コンセント
外国人患者に対して検査や治療を行う際、彼らから最も出てくる不満の一つが「日本人の医療者は十分な説明をしてくれない」ということです。これを聞くと、日本の医療関係者の中には、自分たちはきちんとインフォームド・コンセントを行っていると憤慨される方もいらっしゃるかもしれませんが、これはインフォームド・コンセントに対する基本的な捉え方が日本人と外国人では異なることから生じている問題です。すなわち、日本でインフォームド・コンセントというと、多くの医療者は、侵襲性のある医療行為を行う際に、当該医療行為の内容やリスク等について文書等を用いて説明し、患者に承諾してもらった証拠として同意書にサインをしてもらうことと理解されていると思います。しかし例えば、欧米人の場合、「医療は契約」という意識が強いため、インフォームド・コンセントは、医療者から必要な情報をもらい、自分で医療方針を決定するための大事なプロセスと捉えるのが一般的です。そのため、欧米人の患者は、自分が納得するまで徹底的に医療者が説明することを要求し、自分がまだ納得できていないにもかかわらず不十分だったり、一方的な説明だけで同意書にサインさせようとする日本の医療者には不信感を抱いてしまうことが少なくありません。また、アラブ系の国の中には、妻に対して医療行為を行う際には、夫の同意が必要としているところもあります。
このように一口に「インフォームド・コンセント」といっても、国の文化や考え方によって大きな差異があります。ですので、インフォームド・コンセントを行う際には、日本の医療慣習通りに行うのではなく、その外国人患者の出身国の文化や考え方にも十分配慮するようにしましょう。

(5)退院準備ならびに患者帰国の段階の注意点
患者が国境を越えて医療を受ける場合、大きな課題の一つとなるのが「ケアの継続性(Continuum of Care)」に関する問題です。日本では、まだ海外から受け入れている外国人患者の数そのものが限られていることから、それほど問題となっていませんが、海外では、居住国以外で手術を受けた患者が帰国後合併症を起こして、その治療を地元の医療機関が拒んだり、その医療費を誰が負担するかでもめたりするケースが多数報告されています。そのため最近では、海外の医療機関で治療や手術を受けることを考えている患者の間ではもちろんのこと、海外の民間医療保険会社や斡旋事業者の間でも、受診後のフォローアップ体制がしっかりしているかどうかということが、医療機関選択の重要な判断基準の1つとなっているのが現状です。
この点、日本の医療機関では、もともと患者の退院時には、退院計画等を立てて患者のフォローアップには力を注いできていますが、外国人患者の場合には、日本人患者と同じように考えられない部分も多々存在してきます。例えば、退院時に処方した薬剤が患者の居住国では入手困難だったり、患者の地元の医療機関では退院計画の中に組み入れていたリハビリや継続治療が実施困難なことも十分考えられます。そのため、退院計画等を立案する際には、患者の居住国の医療レベルや医療機関の状況、生活環境等に関する情報を細かく収集して、実行性のあるものにしていきましょう。

(完)



岡村 世里奈
国際医療福祉大大学院 医療経営管理分野 准教授。上智大法学部卒業。上智大大学院法律学研究科博士課程前期修了後、国際医療福祉大医療経営管理学科助手、The Beazley Institute forHealth Law and Policy, School of Law, Loyola University ofChicagoの客員研究員等を経て現職。数年前から国内外の国際医療交流事業研究に携わる。関連著作物としては、「平成21年度財団生産性本部 サービスイノベーションを通じた生産性向上に関する支援事業・サービス(医療)ツーリズム等医療の国際化に向けた利用の品質確保に必要なケーススタディ報告書」(2010年3月)、「平成22年度厚生労働科学研究費補助金(厚生労働科学特別研究事業)国際医療交流(外国人患者の受入れ)への対応に関する研究報告書」(11年3月)、「平成23年度厚生労働科学研究費補助金(地域医療基盤開発推進研究事業)医療の国際化に関する国内医療機関の課題の明確化と国際情勢の把握研究報告書」(12年3月)等がある。